メルカリの世界:09 暗黙のルールという幻覚

Submitted by 恩田重直 on Mon, 09/13/2021 - 06:00
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メルカリのスポットイラストレーション(株式会社メルカリ「プレスキット」より引用※1
 

 「ごみ」だと思い込んでいたものが、売られている事実は、あまりにも衝撃的であった。その衝撃には及ばないものの、驚いたことは、まだまだある。

 「売る」をはじめる前、つまり「買う」専門だった時に、なんとなく感じていたことの一つに、メルカリ内の暗黙のルール(rule。以下、規則)のような存在がある。この得体の知れない規則の存在を盲目的に信じ、購入する際には、細心の注意を払い取引することを心掛けていた。メルカリからはじき出されること憂慮して。その暗黙の規則とは、購入前に出品者に一声かけるというものである。

 それは、「買う」をはじめた2019年当時、出品者のプロフィールや、商品の説明に、「購入前にコメントください」と書いている出品がやたらと目についたことによる※2。そうしなければならない理由は、調べてみても判然としなかった※3。が、フリー・マーケット・アプリケーションであるからこそ、現実のフリー・マーケットのように、出品物を物色しながら出品者に挨拶するのが、メルカリ上の礼儀であると思うことにした。また、出品者も、購入者の人となりを判断してから取引する、という側面があるのかとも思った。

 なので、この価格であれば、即購入でかまわないと思ったものであっても、わざわざ値引交渉に打って出た。そして、いずれの出品者も、それに応じてくれた。こうした体験は、メルカリでの暗黙の規則の存在をより一層強いものにさせた。

 そんなこともあり、メルカリの利用は、ある種の面倒くささを感じ、必要最小限にとどめていた。メルカリ上で探すものといえば、すでに生産中止となり、アマゾンなどではすでに流通していないものを、一縷の望みを託す思いで探していたに過ぎない。したがって、新品の商品を検索することなんて皆無だった。そんな折、本稿の初っ端で書いた、海外からのアクセス制限が厳しくなったこともあり、メルカリからは遠ざかることになる※4

 「売る」をはじめて早々驚いたのは、そんな「暗黙の規則」という存在が、いとも簡単に打ち崩されたからだ。出品前には緊張した面持ちで、購入希望者からの挨拶に身構え、そして値引交渉に備えて、想定される取引価格よりも高く設定した。にもかかわらず、購入者は、購入前の挨拶はもちろんのこと、価格交渉もなく、次々と購入していってくれるのである※5。面食らった。

 何事も、やってみなければわからない、とつくづく思う。「売る」という行為は、出品者の立場から「買う」が眺められる。つまり、複数の他者の購買行動を目の当たりにすることができる。「売る」と「買う」は表裏一体だが、立場が異なると、全く異なる風景が見えてくるのである。そんな当たり前のことに改めて気づかされる。

 

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 では、なぜ暗黙の規則という幻覚が生じたのか。「売る」という立場になって、見えてきたことがある。

 実は、購入前にコメントを要求する出品者の大半は、他のフリー・マーケット・サイトにも同一商品を出品しているのである。商品が、手元に一つしかないにもかかわらず。つまり、購入前のコメントの要求は、売れたのに商品がないという、商品の二重販売を避けるための言動なのだ※6。まさに、筆者が初めての「売る」で、購入されたことに気づかず、二重に出品したことで慌てふためいた状況が、ここにある※7。最近でこそ、他サイトでも出品していることを明言している出品者は多いが、当時は、少なかったように思う。

 このように、メルカリでは購入前にコメントしなければならない、というのは幻覚だった。が、そのような文言が横行していたことが、錯覚ではなかったことは、昨今、多く目にする、次の文言から逆説的に明らかになるような気がする。その文言とは、「即購入大歓迎」。つまり、かつて、購入前の「常識」であった「コメント」は必要ない、という意味で。

 これらの文言がどのくらいの割合で使用されているのか、数字的な裏付けは取っていないし、取る気もない。しかし、「要コメント」や「即購入大歓迎」が、やたらと目につくように感じるのは、取引において使う必要がない文言だからではないだろうか。つまり、購入を考えている商品の写真や説明文、価格を見て、不明点や要望などがあれば自ずとコメントするし、なければコメントなしで購入手続きに移ると思うからだ。どうも、こうしたどことなく違和感のある文言を使うのは、転売ヤーである可能性が高そうなのである。

 一旦、話を戻そう。「買う」をはじめた当初、二重販売を回避するために購入前のコメントを要求していた出品者は、全てが転売ヤーであった、とはいえまい。しかし、これらの出品者は間違いなく、メルカリをはじめとした、情報化社会によって新たに登場した取引の場を目ざとく見つけ、積極的に活用しようとしていたはずである。そしてどうやら、こうした最先端をいく人たちが、まだ整備が行き届いていない取引の場で、メルカリの規則と見紛うような独自の規則をつくりあげてきたように思うのは気のせいだろうか。(つづく)

 

『メルカリの世界』(目次)

はじめに:メルカリ現象を読むということ
01 海外からアクセスできない!
02 見えてくる底辺転売ヤーの実態
03 底辺転売ヤーの採集方法
04 転売ヤーに売る人たち、転売ヤーから買う人たち

第1章:変わる価値観
05 ごみが売れる!?
06 メルカリ中毒のはじまり
07 「ごみ」から「在庫」へ
08 後塵の「ごみ」屋の奮闘

第2章:取引の現場
09 暗黙のルールという幻覚

 

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