竹内久美子『賭博と国家と男と女』日本経済新聞社1992.8(文庫版:株式会社文藝春秋1996.1)

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竹内久美子『賭博』
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 研究を志すものにとって、表紙をめくってから読了するまで、知的好奇心を掻き立てられっぱなしの一冊である。本書は、著者である竹内久美子の4冊目の単著になるようで、他にもベストセラーになったり、賞を受賞したり、今日まで数々の著作を発表している。しかも、大半が文庫化されているところを見ると、相当、売れっ子作家らしいが、恥ずかしながら、評者が初めて手にした竹内久美子本となる。

 著者の竹内久美子は、京都大学で博士課程まで進み、動物行動学の研究者を志した人物である。言い方は悪いが、研究者崩れが著した本となろう。とはいえ、研究で培った知識を基礎に組み立てられた本書は、研究者の能力を遺憾なく見せつけられる、読み応えたっぷりの内容となっている。

 本書は、4章で構成される。第1章では、アダム・スミス『国富論』、ダーウィン『進化論』、そして政治学者であるアクセルロッドの「囚人のジレンマ」研究を引き合いに出しながら、本書での鍵となる「利己心」「利己的遺伝子」「長いつきあい」という視点が提示される。第2章では、動物行動学の様々な先行研究で得られた知見をもとに、人間の男女の関係に迫る。続く、第3章では、第2章で得られた男と女の関係を下敷きに、家庭内の男と女、つまり夫と妻の関係から国家のリーダー論を展開する。そして、第4章では、さらに「賭博」という視点を盛り込み、君主、階級社会、学問と賭博の関係をひもときながら、大胆な国家論をぶちまける。ここではじめて、これまでの章が、ここにつながる伏線だったのかと解することになり、タイトルとなっている『賭博と国家と男と女』に納得する。

 こうして本書の内容を書いてみると、大胆な仮説とそこに導いていく章立てという、まさに論文仕立てになっていることがわかる。論文といってしまうと、とっつきにくい印象を拭えないが、例えば先行研究が引き合いに出される第1章、第2章では、先行研究の到達点が端的に示されており、無学者でも親しみやすい。評者にとっては、動物行動学のフィールドワークにおいても、重要なのは、何を見出したいのかという仮説の設定、そして、そこに導くための実験方法であることに気付かされるとともに、わからないことを明らかにするためのいろいろうな方法にわくわくさせられた。改めて、フィールドワークの組立は、学問を問わず、共通していることを認識させられる。

 ところで、研究者の中には、現場を直視できない、すなわち客観的な視点を築けない輩が少なからずいる。つまり、自らが立てた仮説を裏付けるようなデータしか蒐集しなかったり、見えているはずなのに見なかったことにしたりするのである。その極みは、データ改竄ということになろう。この客観的に物事を見る眼差しは、分野の如何を問わず、研究者が備えるべき資質の中で、最も重要なものであると思っている。それでいて、身につけるのが最も難しいのも事実である。

 ついでに、近年の学術界を眺めてみると、様々な分野で学問の細分化が進んできている。研究の深化が進めば、当然といえば当然の結果であるが、問題なのは、学問の細分化が進むことにより、たとえ近接する分野であっても、研究者間での対話や論争が、非常に少なくなってきているということである。その原因はいくつか考えられ、平易な文章で論文を書ける研究者が少ないこともその一つであろうし、細分化しすぎて個々の内容が高度化し、つっこめないということもあるだろう。しかし、もっと大きなところで考えてみると、異分野も巻き込むような、大胆な仮説をぶちまける研究者が少なくなったからではないだろうか。そうした点、賭博から国家を語ろうとする本書は、研究仮説を立てる上でも刺激的である。

 先にも触れたように、研究者の中には、平易な文章を書けない人が数多く存在する。文庫版になるような本を書ける研究者は、数多いる研究者の中でも、ほんの一握りに過ぎない。ついでにいえば、平易な文章を書けないということは、論文を書いたところで、その内容はたかが知れてるとは思うが、それはさておき、小難しい研究を題材にしながら、平易な文章で伝えることができる本書のような存在は大きい。

 また、著者は博士号は取得していないようであるが、本書で垣間見える構想力もまた、博士が備えるべき資質である。著者の場合、著述業でその能力を遺憾なく発揮しているが、こうした構想力は、企業などでも活かされておかしくない。博士の就職が問題となって久しい昨今、もっと博士の能力が活かされる社会が到来して欲しいと願うばかりである。

 さて、本書に限らず、大胆な仮説をぶちまける著者に対する批判は、多いらしい。確かに、ここまで大風呂敷を広げれば、批判の声が上がるのも無理はないように思う。竹内久美子批判に関しては、追々目を通してみることにしたい。とはいえ、本書に関していえば、仮説を裏付けていく手順はきちんと踏めているし、そもそも論文ではないのだから、論拠の不足を声高に叫んで、揚げ足をとる必要もないだろう。むしろ、お堅い研究を、一般社会の俎上に載せるきっかけをつくっている点で大いに評価したい。最後に、文庫版の「解説」を書いた後藤正治が、「そのまま研究者の道に進んでもきっと優れた仕事をすることになったと思われる」と指摘するように、著者の竹内久美子は、間違いなく優れた研究者である。

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