シンガポールから見たコロナ禍の日本の政策 :華字新聞『聯合早報』社説「日本の脱中国化政策―過度な中国依存からの脱却」を読む

Submitted by 恩田重直 on Fri, 08/14/2020 - 20:00
シンガポール
シンガポールは、コロナ禍の日本をどのように見ているのか。(筆者撮影)
 

 シンガポールは、去る8月9日に建国55周年を迎えた。その余韻冷めやらぬ8月11日に、華字新聞『聯合早報』では「社論:日本啓動避免過度依頼中国行動」と題する社説が掲載された※1。日本語に訳せば「日本の脱中国化政策―過度な中国依存からの脱却」とでもなろうか。以下では、この社説を手掛かりに、コロナ禍の日本が、シンガポールにどのように映っているのか、また何に注目しているのか、考えてみたい。

 なお、「日本企業の脱中国化」に関しては、2020年5月22日の『聯合早報』でも「在華日企“想説離不容易”(中国にある日本企業は“離れたくともそう容易いことではない”)」という記事が掲載されている※2。そこでは、コロナ禍において、日本政府が立案した生産拠点の移転に関する補助金の内容や目的を報じるとともに、中国に拠点を構える日本企業の現状を詳しく伝える。シンガポールにとって、「日本企業の脱中国化」は、注視するに値する日本の動向だといえよう。

大きく異なるシンガポールと日本国内の報道

 さて、日本の経済産業省は2020年7月17日に、日本企業の生産拠点の移転に関する一連の事業、すなわち「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」※3と「海外サプライチェーン多元化等支援事業」※4の採択結果を公表した※5。これが、今回の『聯合早報』の社説の前提としてある。そして、社説では次のように報じる。

「……その中には、シャープ、塩野義製薬、テルモ、カネカなどの有名企業を含んでいる。……当該補助金の対象企業は、航空部品と自動車部品、化学肥料、医薬品、紙製品メーカーであった。」と※6

続けて、「……その他の30社はヴェトナム、ミャンマー、タイ、マレーシアなどの東南アジア諸国に投資先を移す。中でも、ホーヤはヴェトナムとラオスでハードディスクドライブ用部品を、住友ゴム工業はマレーシアでニトリルゴム製手袋を、信越化学はヴェトナムでレアアースマグネットを生産する予定である。」とも記す※7

 ここまで読んで、「おやっ」と思った。なぜなら、国内の報道機関、とりわけ全国紙による報道とは、異なっているような印象を受けたからだ。

 改めて、グーグル検索をかけてみた。「日本企業 中国 移転 新聞」、あるいは「サプライチェーン 中国 新聞」などの語句で検索をかけてみても、目当ての記事、つまり事業の採択結果に関する報道がほとんど見当たらない※8。かろうじて引っかかったのは、日本経済新聞の「マスク生産など支援に700億円 経産省」※9、NHKの「マスクなどの生産拠点 中国から移転に総額700億円補助へ 政府」ぐらいである※10

 見出しからも明らかなように、記事を眺めてみてもアイリスオーヤマをはじめとしたマスクなどの医療用品の製造業者が製造拠点を日本に移転させることを中心に報じている。いずれも経済産業省の報道発表から端を発した記事であるはずなのに、内容にここまで開きがあると、報道発表の内容を詳しく見る必要がありそうだ。

「日本企業の脱中国化」に向けた2つの補助金

 上述したように、問題となる「日本企業の脱中国化」と関係する、経済産業省の補助金は2つある。改めて記しておくと、一つは5月22日から7月22日まで公募された「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」。もう一つは、5月26日から6月15日まで公募された「海外サプライチェーン多元化等支援事業」である。

 前者は「国内で生産拠点等の整備を行う企業に対して補助を行うもの」であり※11、後者は「製品・部素材の海外製造拠点の複線化等、サプライチェーン強靭化に向けた設備導入を支援」するものである※12。つまり、中国との関係でいえば、前者が生産拠点を日本に移すことを目的としているのに対し、後者はアジア地域に生産拠点を分散化させることを目論んでいる。

 この2つの補助金、公募の締切日は異なっていたが、採択結果の報道発表は7月17日の同日に発表された。これが、あたかも一つの報道発表に対して、国内と海外で全く異なる反応が生じたかのように見せている要因の一つであろう。

 すなわち、日本の報道機関は「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」の採択結果を重視し、国内に生産拠点を整備する企業を大々的に取り上げた。そして、国民にとって非常に身近な問題として、ここ数か月君臨してきたマスク等の医療用品の生産体制が充実することを最優先に報じた。

 一方、シンガポールでは、2つの補助金の双方に目配りしながら、日本企業が中国から生産拠点を移すことに焦点を当てた。中でも、地理的にも近い東南アジアに、日本企業がサプライ・チェーンを中国から移転させる企業については、その業務内容も含め、詳しく報道したのである。

 海外からの眼差しが、「日本企業の脱中国化」にあることは、火を見るよりも明らかで、アメリカのブルームバーグも8月7日付で「日本企業のサプライチェーン再構築、中国離れの恩恵は東南アジア」という論考を発信しており※13、最大の関心事は、日本が中国に依存していたサプライ・チェーンを如何に再構築するのか、にある。

 それにしても、この問題を日本の全国紙が、ほとんど報道していないことには驚いた。その後、産経新聞が「『日本企業は出ていくのか?』 危機感強める中国当局」という記事を発表しているが※14、見出しからにじみ出ているのは、あくまでも中国からの視線が強調されているということだ。記事に目を通しても、「テスラは上海工場の増強へ動く」といったように、中国から撤退することを牽制するかのような紙面になっている。

 確かにマスク等の医療用品の供給問題は短期的な課題として重要であった。しかし、長期的な課題としてポスト・コロナを見据えているのであれば、将来的に日本企業が如何にサプライ・チェーンを構築していくのか、という問題の方が、日本経済にとってきわめて重要な課題ではなかろうか。その議論の土台となるような報道を期待したいが、国民にあえて真実を伝えないような態度に映る。

 さらに、うがった見方をすれば、中国の顔色をうかがって記事にしなかったのではないかとも思えてしまう。ちなみに、上述した5月22日の『聯合早報』に掲載された「中国にある日本企業は“離れたくともそう容易いことではない”」という記事に、中国の『人民日報』のウェブサイト『人民網』日本語版はすぐさま反応し、日本語でこの記事を紹介するとともに、「日系企業は中国から安易に撤退することはないだろうし、撤退するとしても難しいだろう」としている※15。日本の全国紙は、中国の代弁者になり下がっているような気がしてならない。

コロナ禍日本の分析

 さて、コロナ禍の日本がどのように映っているのか、についても紹介しておこう。

「……日本では自国の新型コロナ・ウィルスの感染拡大を抑えることができず、日本政府は実体経済のさらなる悪化を懸念させる結果を招いている。 このような背景のもと、昨今では、日本企業の中国市場への依存度を下げるべきとの議論が再燃している。」※16

 安倍首相の「……日本ならではのやり方で、わずか1か月半で、今回の流行をほぼ収束させることができました。正に、日本モデルの力を示したと思います。」と感染の封じ込めに成功したかのような見解を示した、5月25日の記者会見から早2か月余り※17。依然、感染を抑え込めていない事実は、当然、シンガポールにも伝わっているし、さらに経済を悪化させるかもしれないと危惧している。

 そして、日本ではこうした背景が脱中国化の議論を活発化させているというのだ。そうであって欲しいと思う反面、上述したように、国内の日々の報道から察するにそうはなっていないような気がしてならない。そして、脱中国化が進んだ暁には、次のような問題が生じるとも指摘する。

「徐々に戻りつつあった日中関係へも間接的に影響してくるだろう。」※18

 むしろ、こちらに気を遣い過ぎて、脱中国化の議論が活発化していないように思う。そして記事は、次のように締め括る。

「米中対立の深刻化、そして米国の中国に対する科学技術と経済のデカップリング戦略が強まりつつにある中で、日本企業は、今後の中国において権益が損なわれることを懸念していよう。時が来たら、日本政府は現実的な利益を考慮し、さらに日本企業の脱中国化を推し進めるだろう。」と※19

 シンガポールの華字新聞『聯合早報』は、このように見ている。果たして、どうなることか。7月17日に報道発表された「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」の採択結果は、あくまでも第1弾であり、近いうちに第2弾が発表されるはずである※20。また、「海外サプライチェーン多元化等支援事業」については、本事業のウェブサイトに「2次公募については、詳細が決まり次第、本ページにてお知らせします」とある※21。これらの進展について、全国紙には正面から報道されることを期待したい。

 上述したように、サプライ・チェーンの脱中国化に関しては、海外から熱い視線が注がれている。日本政府ならびに日本企業の一挙手一投足が注目されているといっても過言ではあるまい。今後、日本がどのような道を歩むのか。日本国民として、注視する必要があるだろう。いつまでもアベノマスクにかまってる暇はない。ポスト・コロナに向けた取り組みは、すでにはじまっているのだ。

当該社説のネタ元?

 さて、このように海外の新聞にも目を通すと、国内の新聞だけでは見えてこなかった風景が見えてくることがある。さらに、本稿を執筆して、つまり書くことによって、見えてきたこともあった。

 執筆するという行為は、ものごとの裏を取る必然性が生じてくる。読むだけなら、「怪しいなぁ」「本当かよ」で終わってしまうことも、書いて公開するとなると、「それは本当に本当なのか」と情報の正否を確認しなければならない。

 今回は、1編の社説にはじまり、二、三十編の関係記事にあたっている。これらの記事を渉猟する中で、この社説のネタ元だと思える記事が存在していることに気づいてしまった。以下では、そのことについて、触れておきたい。

 最初、この社説に目を通した時、さすがはシンガポール。日本語に精通した記者もそろえてるんだなぁと関心した。日本の全国紙でもほとんど報じられていない側面に切り込んでいっているんだから、大したもんだとも思った。

 ウィキペディアを見ると、『聯合早報』は「朝日新聞の特約メディア」になっているらしい※22。この特約メディアが何を意味するのかはわからないが、だからからか、記事には『朝日新聞』からの引用には、ご丁寧に『朝日新聞』の名を出して引用である旨を明確にしている。その他には、中国に進出している日本企業の数量のデータ元として「帝国データバンク」の名を挙げる。

 そんなわけだから、引用が示されていない箇所は、当然、記者が足で稼いだ情報をもとに執筆されたものだと思った。

 ところがである。件の経済産業省の補助金を調べている時に、思わぬ記事を見つけてしまった。その記事は、『ボルタのブログ』内にある※23。ちなみに、このブログはスローガンに「色んな記事をまとめ、自分の考えであるコメントをつけるそんなブログです」とあるように、記事を要約し、コメントを付しているものであり、著作権や翻訳権をわきまえた記事づくりをしている。

 そのブログに、7月22日付で投稿された「経産省、補助金第1弾を決定 日本企業の『脱中国依存』が本格化」という記事がある※24。これは、『NIKKEI ASIAN REIEW』という日本経済新聞社の子会社が運営している英文メディアに掲載された英文記事を※25、日本語に要約し、コメントをつけたものになっている。

 そこに記された要旨を見て、驚いた。その要旨の半分ほどの文面が『聯合早報』と非常に似通っていたからだ。ボルタ氏は英語から、自分は中国語から翻訳したわけだが、ここまで似るか、と思うほど似通っている。しかも、登場する一部の社名や地名などの順序も全く同じなのである。

 残念ながら、『NIKKEI ASIAN REIEW』は有料で、購読はしていないので、目下のところ、内容までは確かめられていない。しかし、この記事が英語で書かれたものであるという事実は、英語を公用語としているシンガポールにおいて、比較的目に触れやすい日本の情報であることは十二分に考えられる。しかも、新聞社であれば、法人契約していておかしくない。

 とどのつまり、この『NIKKEI ASIAN REIEW』の記事が、『聯合早報』の社説のネタ記事である可能性がかなり高そうだという指摘をして、ひとまず終わりにしたい。

 結局、シンガポールからの気づきは、回りまわって、日本からの発想であった可能性も拭えないというなんとも悲しい結末になってしまった。それにしても、日本経済新聞社が運営するウェブサイトの多くが課金しないと見られないという閉鎖性がある上、どうやら国内と海外で報道を使い分けているらしい二枚看板報道には、なんとも開いた口が塞がらない。

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