小説と現実の間(書評:植松三十里『帝国ホテル建築物語』東京:株式会社PHP研究所2019.4)

Submitted by 恩田重直 on Fri, 11/13/2020 - 06:00
植松三十里『帝国ホテル』
植松三十里『帝国ホテル建築物語』東京:株式会社PHP研究所2019.4(筆者撮影)

 

 建築の夢、本書を一言で表すならば、そうなるであろうか。本書は、アメリカ人建築家、フランク・ロイド・ライトの設計により1923年に竣工し、その後、1967年に取り壊され、現在ではその一部が、愛知県犬山市にある博物館明治村に移築保存されている帝国ホテル新館、通称ライト館の建設をめぐる小説である。

 ライト館の建設が主題なだけに、本書では、ホテル支配人であり工事の総責任者であった林愛作、設計者であり監理者であるライト、その助手を務めた建築家の卵であった遠藤新、黄みを帯びた煉瓦やテラコッタの制作にかかわった久田吉之助、内外装に多用された大谷石の石工である亀田易平、施工を手掛けた大成建設の前身である大倉組の大倉粂馬、そして、移築保存に尽力した建築家の谷口吉郎など、建設に携わった人物を軸に話が展開する。

 冒頭で「建築の夢」と書いたが、それは建設に携わる人たちが、一つの建築をつくりあげるという目的に向かい、それぞれの職能を発揮し、一丸となってつくりあげる物語だからである。「かたちあるものは必ず滅す。しかし、かたちを成すために命をかけた人々の志は、本書によって神々しく蘇る。」とは、帯に付された阿川佐和子の推薦文だが、それを的確に言い表していよう。当事者たちの意識の高い志が、伝説的な建築を生み出したのである。

 ちなみに、なぜ阿川佐和子が推薦を、と思ったが、すぐさま明治村の四代目村長であることを思い出した。

 さて、本書を読み進めながら、頭の片隅に常によぎっていたのは、実在した人物を小説として創作することの意味である。内容の全てを確認したわけではないが、本書は基本的には史実にもとづいていよう。そして、登場人物の言動は、史料にも残されていないはずなので、小説というかたちをとらざるを得ないことは理解できる。しかし、本書を通底する、裏テーマみたいなものが全く感じられないのだ。

 ここでいう裏テーマとは、一言でいえば、これまでとは異なる新たな見方の提示である。具体的には、新たな人物像の提示であったり、あまり知られていなかった人物の発掘であったり、明らかになっていない真相を創作してみたり、などを指す。それは、小説であれ、ノンフィクションであれ、研究書であれ、実在の人物を対象とした、ぐっとくる作品には、往々にして、深いテーマが横たわっていると感ずるからである。つまりは、作品としての創作性に乏しいといえるのだ。文献調査はしたのであろうが、それらの右にでるものではなく、独自の視点にもとづく調査の不足が指摘できよう。

 ところで、建築の学生であった筆者は、設計製図の先生からライト館の取り壊しにあたって、スケッチをしに通った、と聞いたことがある。大学での硬い講義のほとんどの内容は覚えていないが、ライト館について熱く語る先生の姿だけはしっかりと目に焼き付いている。そんなこともあり、はじめて明治村を訪れた時に最も楽しみにしていたのは、ライト館であった。往時の中央玄関部が移築保存されているからだ。

明治村帝国ホテル
明治村に移築保存された帝国ホテル新館の中央玄関部(筆者撮影)

 池越しに全景が見えた瞬間、気分が高揚したのはいうまでもない。しかし、近づくにつれ、落胆の色は隠せなかった。そもそもが鉄筋コンクリートでつくられており、移築の際に破壊しなければならなかったので、致し方ないのかもしれないが、施工の荒さが目についたことをはっきりと覚えている。その上、使われていないことからくる空虚さも感じられた。筆者はライト館が取り壊された時、この世に存在していないので、在りし日の姿は知る由もないが、そこに現役だからこその凄みは感じられなかった。

 やはり、移築保存は似て非なるものなのだ。振り返ってみれば、移築保存への懐疑、そして、使われることの価値を考えるようになったきっかけだったように思う。

 移築保存されたライト館に触れたのは、本書がライト館の保存問題から筆を起こし、保存問題で筆を擱いているからである。その筆致には、ライト館の経済的な問題が見え隠れしている。とりわけ、移築保存するに際しての明治村の運営には多くの紙面が割かれる。

 本書では触れられていないが、ライト館の客室数は270、ライト館の取り壊し後に建てられた高橋貞太郎の設計による新本館の客室数は772である。実に3倍弱に客室数が増加しているのであり、ライト館の取り壊しは、帝国ホテルの経営的な問題があることは火を見るよりも明らかである。

 一方、明治村が開館したのは1965年、ライト館の取り壊しが決定される2年前のことである。本書では、その時の運営状況として「まだまだ知名度が低くて、来場者が少なく、経営も赤字続きだ」(p.14)と指摘する。また、「エピローグ」では、ライト館の復元の費用についても、言及している。「当初、三億円あまりと見込まれたが、十七年間の総工費は約十一億円に達した」と。これだけの記述にとどまるのであれば、ライト館は単なる金食い虫にしか見えてこない。

 しかし、いみじくも著者が、当時の名古屋電鉄の社長であった土川元夫の口から、「(明治村を)名古屋の郊外に造って、観光の目玉にして、客が名鉄の電車やバスに乗って、押しかけるようにするんだ」(p.13)といわしめたように、移築保存もまた経済の論理で動いているのである。明治村、さらにはその経営母体である名古屋電鉄の昨今の経営状況までは調べてはいないが、ここまで移築保存に言及するのであれば、ライト館の移築保存が明治村に与えた影響にも、切り込んで欲しかったと思うのは、筆者の身勝手な願望なのであろうか。

 というわけで、本書は単に史実に沿った読みものである。本書を読み終えると、より一層、真実を知りたいという欲求に駆られる。とはいえ、現時点で明らかになっている主だった建設関係者が揃い踏みなので、ライト館建設の概略を知るには、うってつけの一冊といえるかもしれない。

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