デザインの効能(書評:山口由美『帝国ホテル・ライト館の謎:天才建築家と日本人たち』東京:株式会社集英社、2000.9)

Submitted by 恩田重直 on Tue, 11/17/2020 - 06:00
山口由美『帝国ホテル』
山口由美『帝国ホテル・ライト館の謎:天才建築家と日本人たち』東京:株式会社集英社、2000.9(筆者撮影)

 

 世界に名だたる建築家、フランク・ロイド・ライトが設計した帝国ホテルの旧新館、通称ライト館をめぐる書物は多い。本書もその一つである。ライトは「近代建築の三大巨匠」だけに、その多くが建築に造詣の深い作者によるものが占める中で、本書は異色を放つ。著者である山口由美は、日本のホテルの草分け的存在である箱根富士屋ホテルの創業者一族であり、そこには、著者にとって幼いころから慣れ親しんできたであろうホテル業界からの眼差しがあるからだ。

 本書のタイトルにある「謎」を集約すれば、「どうしてライト館の設計者であるライトと、それを依頼した林愛作、本来、主役であるべき二人の人物は、華やかな宴席の場(筆者注:ライト館の落成披露宴)にいなかったのだろうか。」(p.13)ということになろう。この謎に突き動かされ、ライトの出生地であるアメリカのウィスコンシンを訪れるところから、本論がはじまる。

 こうした実地を見聞することに加え 関係者への取材が、本書の源泉になっている。とりわけ、帝国ホテル旧新館の着工前後に、ホテル支配人を務めていた林愛作の子供たちへの取材は貴重であろう。そして、取材をもとに、林愛作の人物像を描き出す。今でこそ、「帝国ホテル初の日本人支配人」「フランク・ロイド・ライトを日本に招聘した人物」として、帝国ホテルを語るになくてはならない存在であるが、本書の執筆当時は、情報や資料がきわめて限られていたに違いない。

 歴史の中に埋もれてしまった、あるいは意図的に消されてしまった人物は少なからず、いる。まさに、林愛作はその一人であっただろう。著者が四男の陸郎から、「『帝国ホテル百年史』が出版されるまでの期間(1990年)」(p.188)、林愛作は忘れ去られていたという言葉を引き出したように。ホテル業界からの眼差しが、林愛作を再び表舞台に引きずり上げたといえる。

 本書の第4章「失われた時代」では、ライトの盗作疑惑に触れている。これは、帝国ホテルが新館の設計をライトに依頼する前に、設計者の候補として下田菊太郎という建築家がおり、すでに彼が描いていた計画案をライトが盗用したのではないか、という疑いである。ここでは、下田菊太郎の自伝や彼を題材にした小説などから、その真偽を推測する。しかし、支配人たる林愛作に注目したからこそ、帝国ホテル側からの謎解きが可能だったのではないか、と考えてしまうは高望みだろうか。

 さて、ライトが設計活動の拠点としたタリアセンに留学し、その後、実業家として活躍しているという林愛作の五男、七郎から著者が聞き出した「彼(筆者注:ライト)はデザイナーであって、建築家ではない」(p.190)という言葉は、建築に携わるものとして、なんとも印象的だ。近年では、建築家は多分にデザイナーを含意しているように思うので、今日では「建築家」を「実務家」などと置き換えた方が、すっきりするかもしれない。つまり、ライトの建築は見栄えはするが、実用的ではないということを指している。

 それは、ライト館の取り壊しをめぐって、客室係であった竹谷年子の著書を引き合いに出し、現場から見た建築としての「寿命」に言及している点からも、補足される。ここには、建築の専門家ではないからこその、単にデザインだけでは成り立たないことに対する、ホテル業界からの視線が垣間見える。やはり、ライト館の保存運動が、デザイン的側面に偏っていることを感じざるを得ない。

 とはいえ、「……建築ほど、需要がなければ成り立たない芸術はない」(p.45)というほど、著者は建築の芸術的側面に注目していることも事実である。その証拠に、「明治村の帝国ホテルを見学してから、帝国ホテル大阪に行ってみると面白い」(p.191)ということも指摘する。富士屋ホテルで培った審美眼を通して、ホテル建築と芸術が不可分であることを示しているといっても過言ではないだろう。

 本書のタイトルは、「ライト館の謎」である。本書が、埋もれていた支配人を浮かび上がらせた功績は大いに評価できる。しかし、帝国ホテルには、まだまだ謎が潜んでいるように思うのは、気のせいだろうか。そもそもが本書に記されているように、帝国ホテルは「国策ホテル」を端緒としているという点、さらにはそれを民間が経営するということに対する視点が、すっぽりと抜け落ちているような気がしてならないのである。
 

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